社会主義偉業の継承、完成のために
―抗日革命闘士、革命家の遺児との談話―
1992年3月13日、1993年1月20日、3月3日
金日成

 抗日革命闘争の時期からいっしょにたたかってきた古い戦友と、すでに世を去った革命家の遺児に会って本当にうれしく、感無量です。

 わたしの健康を気づかい、万年長寿を願う皆さんに謝意を表します。

 わたしは革命の道を踏み出した当初から現在まで、いつも革命同志と人民に支持され愛されて過ごしてきました。わたしが80を越したこんにちまで元気で革命活動をつづけてくることができたのは、ひとえに同志と人民がわたしを格別愛し、擁護してくれたおかげです。

 われわれが歩んできた革命の道はきわめてきびしく、試練にみちたものでした。新しい世代の青年共産主義者で主体的な革命隊伍をととのえながら朝鮮革命の新しい進路を開拓した初期革命活動の時期も困難な日々でしたが、国家的後方や正規軍の支援もなく、自力で遊撃隊を組織し、酷寒と飢餓に耐えながら強大な日本帝国主義の百万大軍と戦った抗日武装闘争の時期は、筆舌につくしがたい困難な日々でした。その日々にはつねに危険がつきまとい、数々の死線もくぐりぬけなければなりませんでした。そのたびに、同志たちと人民はわたしを積極的に助け、救い出し、誠心誠意擁護してくれました。

 先ごろ韓英愛の娘に会いましたが、韓英愛は初期革命活動の時期、わたしの革命活動を助け、身辺を警護してくれた忘れがたい恩人の一人です。彼女は、われわれが日本帝国主義者の吉会線鉄道の敷設に反対してたたかったとき、わたしが敵に逮捕されないように保護し、5.30暴動の後、わたしが破壊された革命組織をたてなおすため蛟河をへてハルビンに行って活動するときにも、最善をつくして援助してくれました。その後、彼女はハルビンでわたしが与えた任務を遂行中に逮捕されたのですが、拷問を受け獄に投じられながらも節操を守りとおしました。当事、青年共産主義者はみな、わたしが与えた革命任務を忠実に遂行したばかりでなく、わたしを守るために生命をも投げだしました。

 呉仲洽は抗日遊撃隊の指揮官として、つねに司令部の安全を先に考え、一命を賭してわたしを守ってくれた忠実な革命闘士でした。わたしが白頭山地区で活動していたある年の冬のことでした。紅頭山密営で少人数の隊員たちと旧正月を過ごしていたとき、それを探知した敵は司令部を包囲、せん滅しようと500余の兵力で奇襲を駆けつけてきました。その時、呉仲洽は部隊を率いて臨江方面へ行軍していましたが、途中で敵の「討伐隊」が司令部の位置する紅頭山密営の方に移動したという情報を入手しました。司令部が危ないと判断した彼は、即時部隊の行軍路をかえて一気に駆けつけてきました。

 彼は司令部を奇襲しようとした敵を背後から攻撃して全滅させました。それで司令部は危険をまぬがれ、事なきを得ました。

 抗日武装闘争の時期、自分の命を惜しまずわたしの身辺を守り、危機から救ってくれた遊撃隊員と人民は数えきれないほどです。第一次北満州遠征を終えて帰るときにも、わたしは隊員たちと人民の犠牲的な努力によって九死に一生を得ました。北満州からの帰途、わたしは傷寒にかかって瀕死の状態に陥ったのですが、あのとき木材所で出会った金老人と老爺嶺に住んでいた崔日華一家の助けがなかったら、おそらく生き返ることができなかったでしょう。抗日革命闘争の時期にわたしを守ってくれた恩人のなかには、張蔚華をはじめ中国人もいました。張蔚華はわたしと連係を保って地下活動をしているとき、裏切り者の密告で逮捕されて拷問を受けました。彼はもしや無意識のうちにわたしのいる司令部の位置をもらしはしまいかと思い、自決しました。彼は忘れがたい革命同志であり恩人です。

 祖国と人民のためによいことをする人には必ずよい同志ができ、困難なときに助けてくれる人が現れるものです。わたしは抗日革命闘争期の体験からしてそう言いたいのです。われわれは祖国と人民のために、革命のためにたたかう過程でいつも同志たちの援助を受け、困難に直面するたびに人民の救援をうけたので、最後までたたかって革命の勝利をかちとることができました。「独不将軍」という言葉があるように、独りでは決して大将になれず、人民の助けがなくては生きることも、革命で勝利することもできません。

 みなさんは、テレビでわたしの元気な姿を見るときがいちばんうれしいとのことですが、わたしはまだ元気です。これから先、まだ10年は勤まりそうです。わたしはずっと前に、60は青春、90が還暦と言ったとおり、60の還暦を認めません。わたしもみなさんもまだ90にはなっていないのですから、還暦を迎えてはいないわけです。だから、自分が年老いたと考えず、希望と楽観にみちてより多く働こうと考えるべきです。

 長生きして革命をつづけるためには、勝利の確信をもって楽天的に生活しなければなりません。わたしは、人民大衆のための偉業は必ず勝利するという確信をもっているので、活動と生活において悲観というものを知りません。「天が崩れ落ちてもはいでる穴はある」という胆力と必勝の信念をもってつねに楽観的に生活してきたし、いまもなお楽観的に生活しています。これは、わたしが健康を保っている秘訣の一つだといえます。数年前、北南高位級会談のために平壌に来た南朝鮮の「国務総理」に会いましたが、そのとき、主席がこのように元気な秘訣はなにか、と聞かれました。それで、わたしが元気なのは悲観を知らず、楽観的に生活しているからだと答えました。悲観を知らず、楽観的に生活する人は老いることがありません。

 きょうはみなさんの元気な姿を見てたいへんうれしく思います。

 みなさんは、自分たちが元気なのはわたしのおかげだと言いますが、それはわたしのおかげと言うより、わが国の社会主義制度のおかげであり、党の正しい指導のおかげだと言うべきでしょう。

 わが国の社会主義は真の人民の社会です。わが国では歴史の主体である人民大衆があらゆるものの主人となっており、すべてが人民大衆に奉仕します。わが国では国家主権も生産手段もすべて人民の手中にあり、全人民が食、衣、住の心配をせず、無料教育、無料治療の恩恵を受けて幸せに暮らしています。

 わが国での党と国家のすべての政策は、いかにすれば人民大衆の自主的要求と利益を徹底的に擁護できるか、いかにすれば人民大衆の創造力をさらに高く発揮できるかということから出発しており、それに全的に服従しています。言いかえればわが国の社会主義は、人民大衆中心の世界観であり革命思想であるチュチェ思想を具現した社会主義です。そのため、わが国の社会主義をさしてチュチェの社会主義、または人民大衆中心の社会主義と呼ぶのです。

 まさに、このような真の人民の社会を建設するために、われわれは抗日革命闘争の時期から数十年間、艱難辛苦に耐えてチュチェの旗のもとに屈することなくたたかってきました。われわれは、史上はじめてチュチェ思想を社会主義建設に具現して人民大衆中心の社会主義をりっぱに建設し、またこんにち東方で社会主義の旗をしっかり守りとおしていることに、誇りと自負をいだいてしかるべきです。

 帝国主義者は、旧ソ連や東欧諸国で社会主義が崩壊して以来、わが国の社会主義を切り崩そうといっそう悪らつに策動しています。しかし、帝国主義者はわが国の社会主義を切り崩すことはできません。

 わが国の社会主義は、旧ソ連や東欧諸国で崩壊した社会主義とは違います。

 わが国の社会主義は主体性が強く、人民大衆のなかに深く根をおろした社会主義です。

 われわれは社会主義をめざしてたたかう全過程で一貫して主体的立場を堅持し、すべてを人民大衆の力に依拠して自分の方式でなしとげました。

 われわれはつとに朝鮮革命の進路を開拓するときから、革命と建設の主人は人民大衆であり、革命と建設を推進する力も人民大衆にあるという主体的観点から出発しました。われわれは当時、人民大衆の力を信じようとせず、外国の力に頼って国の解放と独立を達成することを夢見て無益な派閥争いに明け暮れていた民族主義運動家、初期共産主義運動家と決別し、ひたすら人民大衆の力を信じ、人民大衆の力に依拠してのみ革命で勝利することができるという確信をもち、各階層の広範な人民大衆を結集して祖国解放のたたかいに立ち上がらせました。抗日革命闘争の時期はもちろん、解放後も革命の各段階においてつねに人民大衆のなかに入り、人民の自主的志向と要求を把握して、それに合った革命路線と戦略戦術を立て、大衆を教育し立ち上がらせる方法ですべての問題を解決してきました。こうすることによって、国の解放と独立を自らの民族解放闘争によって実現し、社会主義革命と社会主義建設を自力で遂行しました。帝国主義者と対峙している状況のもとで社会主義革命を遂行し、社会主義建設も進めなければならなかったので難関が少なくありませんでしたが、決して大国に依存しはしませんでした。社会主義建設でわれわれが依拠したのは自力更生、刻苦奮闘の革命精神であり、あくまでも自分の力でした。大国の人たちはわれわれにセフ(コメコン)に加入するよう勧めましたが、加入しませんでした。セフに入らず自力で強固な自立的民族経済を建設したので、他国の圧力や束縛を受けることなく自主権を堂々と行使し、複雑な情勢のなかでも微動だにせず、ひとり立ちすることができたのです。

 人民大衆の力を信じ、つねに大衆のなかに入って彼らを教育し奮起させて革命と建設を勝利に導くわが党の伝統的な活動方法は、青山里精神、青山里方法に集大成されています。われわれが創造した青山里精神、青山里方法は、革命的大衆路線を具現したチュチェの大衆指導原則であり方法であります。わが党は青山里精神、青山里方法にもとづき、もっともすぐれた社会主義経済管理システムである大安の事業体系を確立しました。青山里精神、青山里方法が創造され、大安の事業体系が確立されることによって、われわれは社会主義社会本来の要請に適応した新しい政治方式、真の社会主義政治方式をもつことになりました。

 われわれは党と国家活動においてつねに革命的大衆路線をしっかり具現してきたため、政権党に現われがちな官僚主義を克服し、人民大衆に社会主義社会の主人は自分自身であるという高い自覚を持たせ、党と人民大衆の思想、意志のうえでの統一団結を実現することができました。わが国では党と人民大衆が渾然一体となって強力な革命の主体をなしており、全人民は自分の血と汗で建設した社会主義を命のように大切にしています。そのため、わが国の社会主義は崩れません。

 わが国では革命の代がしっかりと引き継がれています。

 革命の代をいかに引き継ぐかということは、社会主義の運命を左右する重要な問題です。人民大衆の自主偉業、社会主義偉業は、数世代にわたって遂行される長期的な偉業です。革命の代が代わる時期に革命と建設にたいする指導が正しく継承されなければ、社会主義偉業は紆余曲折をへ、失敗をまぬがれません。これは、旧ソ連の実例がよく示しています。ソ連はレーニンの指導のもとに最初に社会主義が勝利した国であり、またもっとも発達した社会主義強国でしたが、指導の継承問題を正しく解決できなかったため、社会主義偉業をご破算にしてしまいました。ソ連では領袖の後継者を正しく推挙できなかったため、党が修正主義的党に転落して革命伝統と社会主義の原則を固守できなくなり、党、国家活動において官僚主義がはびこり、党が人民大衆との統一団結を実現することができなくなりました。党が変質し、人民大衆から遊離したため、革命と建設にたいする党の政治的指導を実現できなくなり、社会主義の主体である人民大衆が主体としての役割を果たせなくなり、結局は帝国主義者と反動派の反社会主義攻勢から社会主義を守り通すことができなくなりました。こうしてソ連では、70年間もひるがえっていた社会主義の旗が一朝して泥にまみれ、ソ連の社会主義が崩壊するや、その指揮棒にしたがっていた東欧諸国でも相次いで社会主義が崩壊する結果をまねきました。

 わが国ではすでに以前から金正日同志が党と国家、軍の活動全般を賢明に指導することにより、指導の継承問題がりっぱに解決されています。

 現在わが国では、金正日同志の指導のもとに党活動も、国家活動も、軍活動もうまくいっており、社会主義建設も成功裏に推進されています。こんにちわが国では、全人民がわが党を中心に一心団結して一つの大家庭をなしており、党の指導に忠実にしたがっています。朝鮮人民は、党の指導のもとに長期の闘争過程で、わが党こそは人民大衆の真の代表者、徹底した擁護者、偉大な導き手であることを深く体得したため、わが党に自己の運命を全的にゆだねています。最近開かれた全国烈士家族大会と朝鮮知識人大会、朝鮮社会主義労働青年同盟第8回大会などの各大会は、党にしたがう朝鮮人民のあつい忠誠心と、党の指導のもとに社会主義偉業を最後まで固守し完成しようという朝鮮人民のゆるぎない意志をいま一度明らかに示しました。

 われわれが社会主義偉業、チュチェの革命偉業を完成するためには、いまなおなすべきことが多くあります。わが党の総路線を堅持して、思想、技術、文化の三大革命を力強く進めて、人民大衆中心のわが国の社会主義をさらに発展させ、民族の悲願である祖国の統一も実現しなければなりません。

 われわれはこれまで社会主義をめざして一生たたかってきたのに、いまになってもっともすぐれたわが国の社会主義を放棄し、「富める者はますます富み、貧しき者はますます貧しくなる」社会である資本主義を復活させるわけにはいきません。社会主義の道は人民に真の自由と幸福をもたらす道であり、資本主義の道は人民に搾取と抑圧、不幸と苦痛をもたらす道です。社会主義を守るのは勝利の道であり、社会主義を捨てるのは死の道です。われわれは社会主義を建設することを誓って革命の道に立ったのですから、いささかの動揺もなく社会主義を守り、チュチェの革命偉業を完成しなければなりません。

 人民大衆中心のわが国の社会主義を固守し、チュチェの革命偉業をりっぱに完成するためには、全党と全人民が金正日同志のまわりにかたく団結し、その指導に忠実に忠実にしたがわなければなりません。金正日同志の指導に忠実にしたがうところに、社会主義偉業の継承、完成の確固たる保証があります。

 金正日同志は文武、忠孝を兼備した真の人民の指導者です。彼は卓越した思想家、理論家、政治家であり、軍事戦略家であり、祖国と人民に限りなく忠実で孝心の厚い忠臣、孝子の鑑です。

 革命の指導者に負わされたもっとも重要な使命は、革命の指導思想を発展させて人民大衆の自主偉業の進路を明示することです。人民大衆の自主偉業は、時代の要請と人民大衆の志向を正確に反映した正しい指導思想を灯台としてのみ、歴史の試練にたえて勝利の道を前進することができます。

 金正日同志は比類なき探究心とエネルギーをもって思想理論活動を展開し、わが党のチュチェ思想を自主時代の偉大な指導思想として輝かしています。

 わたしは朝鮮革命の要請と新しい自主時代の人民の志向を反映してチュチェ思想を創始し、それを指針として革命と建設を指導してきましたが、チュチェ思想の原理を総合し体系化することについては別段考えませんでした。この問題は、金正日同志によってりっぱに実現されました。彼はチュチェ思想の根本原理と真髄をなす内容を深く研究したうえで、わが党の指導思想をチュチェの思想、理論、方法の全一的な体系として定義づけました。そして、現代と革命発展の要請に即して新しい原理と内容でチュチェ思想をさらに豊富にし、全面的に深化、発展させました。また、朝鮮人民をチュチェ思想で武装させる活動と、チュチェ思想を対外的に広く宣伝、普及する活動を精力的に展開して、チュチェ思想が名実ともに人民大衆自身の革命思想になるように導いています。言うなれば、わたしが朝鮮人民という土壌に種をまき育ててきたチュチェ思想を、金正日同志が生い茂る森にかえ、豊かな実を収穫できるようにしたといえます。

 いま党機関紙には、金正日同志の執筆した重要な著作が相次いで発表されていますが、それを見るだけでも、彼がチュチェ思想を発展させ、それをもって人民を武装させるためにいかに精力的に努力しているかがよくわかります。最近、『社会主義建設の歴史的教訓とわが党の総路線』『革命的党建設の根本問題について』などの著作が発表されましたが、これは一部の国で社会主義が挫折した根本原因を科学的に分析し、真の社会主義の進路と革命的党建設の根本原則を明示した歴史的意義をもつ著作です。彼の諸著作は、わが国の党員と勤労者を革命的に教育するりっぱな糧となるばかりでなく、自主、独立、社会主義をめざしてしてたたかう世界の革命家と進歩的人民を鼓舞し、彼らの前途を示す革命的旗じるしとなっています。

 金正日同志は非凡な指導力で革命と建設を賢明に導いています。

 革命と建設を導く指導者の指導力は、革命の主体である人民大衆の創造力をいかに高く発揮させるかという能力と手腕によって表現されるといえます。人民大衆は無限の力をもっています。それをいかに発揮させるかによって、革命と建設の成敗が左右されます。人民大衆が自己の力を遺憾なく発揮するためには、必ず意識化組織化され、思想的に発奮しなければなりません。人民大衆の意識化組織化と思想的発奮は、労働者階級の革命的党によってのみなされ、革命的党のそのような機能と活動は、非凡な能力と手腕をもった指導者の指導によって保障されるのです。

 金正日同志は革命と建設の指導にあたって、党を強化しその指導的役割を高めることをキーポイントとしています。彼は全党をチュチェ思想化する党建設方針を示し、それを貫徹してわが党をチュチェ思想にもとづいて統一団結した不敗の隊伍、戦闘力のある洗練された指導的政治組織に発展させ、党のまわりに全人民をかたく団結させて朝鮮革命の主体をかつてなく強化しました。彼は革命と建設にたいする党の指導体系を確立する一方、思想論の旗を高くかかげ、党活動で思想教育、人間改造に第一義的な力を入れることによって、すべての党員と勤労者がわが党の革命思想で武装し、革命と建設の主人としての責任と役割を果たせるようにしています。こんにちわが党は「人民に奉仕する!」というスローガンをかかげて人民の利益をよりりっぱに守り、人民の自主的要求を実現するため積極的にたたかっており、人民は「党が決心すればわれわれは実行する!」というスローガンをかかげて、党の路線と政策を実行するたたかいで高い革命的熱意と創造力を発揮しています。

 金正日同志の指導のもとに、朝鮮革命は新たな高揚期を迎えています。彼の指導が始まって以来、党活動はいうまでもなく、政治、経済、文化の各部門の活動には新たな転換がもたらされるようになり、社会主義建設の各分野で大きな革新と高揚が起こりました。

 実例を一つあげると、彼の指導のもとに文学芸術部門では、1970年代初の数年のあいだにチュチェの文学芸術の全盛期が開かれました。この期間に映画芸術をはじめ文学芸術の各部門では驚くべき発展がとげられ、世界的な名作が相次いで発表され、その過程で作家、芸術家の隊伍は全社会の革命化、労働者階級化の先頭に立って進む先駆者の隊伍となりました。人々はそれをさして「文学芸術革命」「20世紀のルネッサンス」と称えましたが、うなずける言葉だと思います。

 金正日同志の指導のもとに朝鮮人民は勝利者の誇りと自負をいだき、高い栄誉と尊厳を全世界にとどろかすことができました。わが国を訪問した世界各国の指導者と外国人は、党と人民大衆が一つにかたく統一団結し、党の指導のもとに全人民が勝利の信念にあふれて力強く前進しているのを見て驚嘆し、うらやんでいます。

 党と人民大衆が一つの社会的政治的生命体として結合した強力な主体をなし、その威力で自然と社会を改造する偉大な歴史的変革をもたらすようにしたのは、金正日同志の特出した功績というべきでしょう。これは、チュチェの革命偉業にたいする彼の忠実性を示すものであるとともに、指導者としての彼の非凡な品格と能力を実証するものです。

 金正日同志の指導は、革命武力の建設にも新たな転換をもたらしました。

 みなさんも見たとおり、朝鮮人民軍創建60周年祝賀閲兵式は、人民軍をはじめわが国の革命武力の党と革命への限りない忠実性、高度の組織性と規律性、不敗の威力を誇示しました。人民軍がこんにちのように政治的、思想的に、軍事技術的にしっかりと準備された一当百の革命武力に強化され、党と革命、祖国と人民の防衛者としての栄誉ある使命を果たしているのは、ひとえに金正日同志の正しい指導の結果です。彼は主体的な軍建設方針にしたがい、人民軍内で党の政治思想教育を強化し、党の指導のもとに全軍が一糸乱れず行動する主体的な指揮体系をうち立てて、人民軍を真の党の軍隊、革命の軍隊にかえました。また、現代戦の要求とわが国の具体的条件に即して主体的戦法を発展させ、強力な現代的国防工業を建設して、人民軍の戦闘力と装備をたえず強化するよう導きました。彼の指導のもとに人民軍は、党と革命のために一命を賭して戦う忠誠の戦闘隊伍、現代的な攻撃手段と防御手段を完備した無敵の強兵に成長し、人民軍を中核とする全人民的防衛体系が確立されました。金正日同志は革命武力の最高司令官として不屈の意志と胆力、すぐれた知略と用兵術を身につけており、まさにここに、わが革命武力の不断の発展と百戦百勝の保証があります。

 金正日同志は、人民の指導者がそなえるべきりっぱな品格をすべてそなえています。

 なによりも、党と革命、祖国と人民への限りない忠実性と献身性をそなえています。

 金正日同志は、祖国と人民のために必要と考えることは必ずやりとげます。とくに、わたしが望み、案ずる問題を解決してわたしを喜ばせるためにあらゆる努力を傾けています。

 朝鮮革命の首都平壌市が世界屈指のすばらしい都市に建設された事実をとってみても、そういえます。わが国の顔ともいえる平壌市をりっぱに建設することは、わたしの願いであると同時に、朝鮮人民の願いでもありました。1984年、旧ソ連と東欧社会主義諸国を歴訪して帰国したわたしは、幹部に、このたび各国を見てまわってべつにうらやましいものはなかったが、一つ残念に思ったのは、平壌市に重要国際行事も遜色なく開催できる各種施設を完備した近代的な大きな街が少ないことだ、平壌市が革命の首都としての面貌をよりりっぱにそなえられるように、万景台方面にそのような大きな街を建設するのが望ましい、と言いました。すると、金正日同志はわたしの構想を積極的に支持し、自分が責任をもって平壌市に近代的な新しい街を建設すると言いました。彼は大胆かつスケールの大きい作戦を展開し、短期間に光復通りと青春通りをりっぱに建設しました。彼はつづいて統一通りの建設を発起し、力強く推進しました。こうして平壌市の面目を一新し、人民の住宅問題も解決しました。彼はすでにわたしの誕生70周年のとき、わたしの望みどおり平壌市にスケートリンクと人民大学習堂をりっぱに建設し、その他にも産院とヘルス・センター蒼光院をはじめ数多くの近代的な文化施設と記念碑的建造物を建設しました。わたしはりっぱに建設された平壌市を見てまわるたびに喜びを禁じえません。

 このように金正日同志は、わたしが望み、案ずる問題は必ず実現します。まさにここに、彼の党と領袖への忠実性、祖国と人民への献身性、そして厚い孝心が集中的に表現されています。

 金正日同志はチュチェの革命偉業を継承し発展させるために、わが身をかえりみず昼夜を分かたず献身的に活動しています。彼の健康が気づかわれるので、少々休息をとりながら仕事をするようにと注意しましたが、彼はかえって、仕事が多いのに時間が足りないのが残念だと言って、ひきつづき無理をしています。

 わたしが高齢にもかかわらず、健康な体で仕事をつづけているのも、金正日同志の忠誠心と孝心のおかげです。彼はつねに、わたしの健康と休養に格別の関心を払っています。わたしが執務で不便を感じないように、必要な対策をすべて講じています。わたしが多くの文書に目を通すので、視力が衰え、疲労を覚えるのを気づかい、報告する文書は大きな活字でタイプする措置を講じ、一部の文書や資料は録音して提出しています。それで、多くの文書に目を通して決裁していますが、わたしは疲れを覚えません。

 金正日同志は革命先輩を敬う非常にりっぱな品性を身につけています。

 彼は、抗日革命闘争に参加してわたしと一緒に戦った老革命家を尊敬し、彼らの活動と生活をあたたかく見守っています。彼は引退した抗日闘士にもりっぱな服をあつらえ、健康に気を配り、毎年休養にも送っています。みなさんは金正日同志の配慮で、高級住宅でカラーテレビをそなえ、高級乗用車まで利用して幸せに暮らしているから、自分たちのことは心配しないでほしいとのことですが、結構なことです。金正日同志は抗日革命闘争に参加した老革命家のみでなく、解放後からわたしと一緒に活動してきた老幹部も大切にし、彼らの生活にこまやかに気を配っています。わたしはこれをたいへんうれしく思っています。

 金正日同志がわたしと一緒にたたかってきた革命家を尊敬しているのは、われわれが築きあげた革命伝統を継承してチュチェの革命偉業を完成しようという彼の確固たる意志のあらわれです。

 革命家はつねに革命のおおもとを忘れてはならず、革命伝統を汚れなく継承しなければなりません。

 革命伝統を継承するというのは、特別なことではありません。革命偉業を切り開いた革命先輩を尊敬し、彼らの思想と業績を輝かしていくならば、それがすなわち革命伝統を発展させることになるのです。革命先輩をいかに扱い、彼らの築きあげた革命伝統をそのとおり継承するかいなかは、革命の真の後継者と背信者を見分ける試金石となります。以前、一部の国の指導者なる人たちの行動をみると、彼らは政権を握るやいなや革命先輩をこきおろし、自分をおしたてる行為をはたらきました。これは背信者の行為です。こうなれば、革命の命脈が断ち切られるほかありません。

 革命先輩を尊敬しているこの事実を見ても、金正日同志は人民の指導者としてのりっぱな品格をそなえていると言えます。彼が党と革命偉業に忠実な幹部をより多く育て、育ちゆく新しい世代をりっぱに教育して、彼らがすべて革命先輩を尊重する伝統をりっぱに守っていくようにするならば、われわれの革命偉業はゆるぎなく継承されるでしょう。

 金正日同志は革命同志と人民を限りなく愛し、大事にしています。

 彼は、一度信頼した人は革命同志として大事にし、その運命を最後まで責任をもって見守っています。彼は幹部が仕事の過程で過ちを犯すと、心を痛めてきびしく批判しますが、彼らの党と革命への忠実性を重んじて変わりなく信頼し、政治的生命を輝かしていけるよう最後まで導きます。そのため、幹部は党の批判を信頼のあらわれとして受けとめ、欠陥を是正して党にあくまで忠誠をつくすため努力しています。

 金正日同志は労働者、農民、知識人をはじめ各階層の人民を大いなるふところに抱いてわれわれの社会の主人におしたて、その役割を果たすよう導いています。彼は、複雑な家族関係や社会・政治生活経歴をもつ人であっても、現在わが党にしたがい、社会主義を支持する人であるなら、差別せずあたたかく見守り、革命隊伍のれっきとした一員としておしたてています。彼はつねに人民のなかに入って彼らと苦楽をともにし、人民の幸福のためならなにをも惜しみません。

 革命同志と人民への愛と信頼は、金正日同志の政治の基本的特徴をなしているといえます。

 彼の愛と信頼の政治は、党員と勤労者のあいだで忠誠心と孝心を生み、全国に共産主義的美風を開花させ、全社会を「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という集団主義の原則のもとにかたく結合したむつまじい大家庭にしています。こんにち朝鮮人民は、金正日同志の政治をさして愛の政治、信頼の政治、幅広い政治と言っていますが、これは人民を信頼し、人民のためにすべてをつくす金正日同志への信頼のあらわれであり称賛であります。

 金正日同志は、その指導力と品格、発揮した忠実性と献身性、つみあげた功績のために、人民の指導者として人民から尊敬され愛されており、高い権威をもっています。

 人民のために心を砕いて献身的に活動する人は、自分で自分をおしたてようとしなくても人民がすすんでしたがい、おしたてるものです。金正日同志は、祖国と人民に忠誠をつくせばそれでよいとして前面に立とうとしませんが、人民は以前から彼を「親愛なる指導者同志」と称して尊敬し、したがってきました。「親愛なる指導者同志」という言葉には、彼にたいする人民の愛と信頼が込められています。

 金正日同志がチュチェの革命偉業を継承していく指導者として人民の尊敬と愛、称賛を受けているのは非常にうれしいことです。それでわたしは、彼の誕生50周年にさいし、人民の一致した心をこめて金正日同志をたたえる詩をつくりました。

 朝鮮労働党中央委員会第6期第19回総会では、金正日同志を朝鮮人民軍最高司令官に推戴しました。これは、金正日同志の資質と革命業績にたいする高い評価であるとともに、彼の指導のもとにチュチェの革命偉業を完成しようというわが党と人民の確固たる意志のあらわれです。

 金正日同志が朝鮮人民軍最高司令官になったことを人民軍将兵と全人民はたいへん喜び、熱烈に歓迎しました。彼が最高司令官に推戴されることによって、朝鮮人民軍の威力はいっそう強化され、朝鮮人民の士気はさらに高まりました。その反面、敵は恐れおののいています。

 金正日同志が革命偉業をりっぱに継承しているので、わが国では現在も万事が順調にいっていますが、今後もひきつづきうまくいくことでしょう。金正日時代は今日も栄えある時代ですが、今後はさらに輝かしい繁栄の時代になるはずです。朝鮮革命の前途はじつに洋々としています。

 いま朝鮮人民は、「金正日同志がいなければ祖国もない」という歌を歌っていますが、これはりっぱな歌です。歌詞にもあるように、金正日同志がいなければみなさんも、社会主義祖国もありえません。金正日同志の運命はすなわちみなさんの運命であり祖国の運命です。領袖と党と人民の運命は一体です。したがってみなさんは、金正日同志に忠誠をつくし、その指導にしたがって社会主義偉業と祖国統一偉業をりっぱに完成しなければなりません。

 金正日同志の指導に忠実にしたがうためには、党と革命隊伍の一心団結をひきつづき強化しなければなりません。

 われわれのいう一心団結は、一つの中心、指導者を中心とする一心団結です。人民大衆は指導者を中心にし、一つの社会的政治的生命体としてかたく結束されるときにのみ、革命の自主的主体となり、主体としての役割を果たすことができます。朝鮮革命が比類なくきびしい試練をのりこえて発展してきたのも、今日帝国主義者の反社会主義攻勢がかつてなく強まる困難な状況下でも、逆境を順境にかえながら社会主義を輝かしているのも、革命隊伍が指導者を中心に一心団結した革命の強力な主体をなしているからです。すべての幹部は、朝鮮革命の一心団結の伝統を受け継ぎ、金正日同志を中心とする党と革命隊伍の統一団結をいっそう強化するため大いに努力すべきです。

 党と革命隊伍の一心団結を強化するためには、すべての党員と勤労者が革命的信念と信義にもとづいて金正日同志に心からしたがい、積極的に防衛しなければなりません。自分の指導者に忠実であるためには、いささかの虚飾や矯飾、私心があってもなりません。私心のある人は大勢によって動揺し、環境によって変わるものです。指導者への忠誠心は、つねに純潔で真実なものでなければなりません。党員と勤労者は、平和な時期にもきびしい試練の時期にも変わることなく、自分の指導者、金正日同志のみを信頼する限りない忠実性を身につけなければなりません。

 全党と全社会にたいする金正日同志の唯一的指導体系をさらにうちかためるべきです。

 指導者の唯一的指導が実現してこそ、革命隊伍の思想、意志の統一と行動の一致を保障し、人民大衆の志向と要求に即して革命と建設を力強くおし進めることができます。

 全党と全社会にたいする唯一的指導は、指導者の路線と方針を貫徹する過程を通じて実現されます。

 すべての幹部と勤労者は、金正日同志が示した路線と方針をもっとも正当なものとして受けとめ、いかに困難な状況と環境のもとでもあくまで貫徹しなければなりません。口数は少なくても、党の路線と方針を貫徹するため粉骨砕身する人こそ、自分の指導者に忠実にしたがう真の忠臣です。

 われわれは金正日同志の指導のもとに、全党、全民、全軍が一糸乱れず行動する革命的規律を確立し、わが党の革命思想に反するブルジョア思想、修正主義思想、事大主義思想をはじめあらゆる異質の思想潮流がわれわれの内部に浸透しないようにすべきです。こうして、わが党と革命隊伍内では、その誰であれ呼吸をしても党の意図どおり呼吸し、発言をしても党の意図通り発言し、一歩を歩いても党と歩調を合わせるようにすべきです。

 金正日同志に忠実にしたがうことにおいては抗日革命闘士が誰よりも模範を示さなければなりません。

 抗日革命闘士は、わたしとともにチュチェの革命偉業を開拓し発展させてきた朝鮮革命の光栄ある第一世代です。朝鮮革命の元老である抗日革命闘士は、自らの実践的模範をもって人民と育ちゆく新しい世代が心から自分の指導者にしたがうように教育すべきです。抗日革命闘士はこれまでわたしに忠実であったように、金正日同志に忠実にしたがって助力し、社会主義偉業、チュチェの革命偉業を完成しなければなりません。われわれの革命偉業は代を継いでつづけられるのですから、指導者への忠実性も継承されなければなりません。領袖への忠実性は、その後継者への忠実性として引き継がれるとき真の忠実性となり、そのような忠実性を身につけた人こそが真の革命家であり忠臣なのです。

 抗日革命闘士は子女を正しく教育して、彼らが金正日同志に忠実にしたがい、革命の代をゆるぎなく継いでいくようにすべきです。

 育ちゆく新しい世代は、われわれの革命偉業の継承者です。われわれが建設した社会主義の前途とチュチェの革命偉業の運命は、もっぱら革命の継承者である新しい世代がいかに準備されるかにかかっています。歴史が示しているように、一部の国では育ちゆく新しい世代の革命的教育を怠ったため、彼らが帝国主義者と反動派の術策にはまって社会主義に反対し、資本主義を復活させる道に走りました。革命偉業の継承において次代の教育問題がこのように重要であるため、われわれは早くから、育ちゆく新しい世代を革命の頼もしい継承者に育てることに大きな力を傾けてきました。

 今日、わが党によって教育された新しい世代の思想精神状態はすこぶる良好です。彼らは、党への強い忠誠心をいだき、党の望む問題の解決に最善をつくしています。わが国の青年のあいだでは、炭鉱と農村をはじめ骨のおれる部門に自発的に進出し、すすんで戦傷栄誉軍人の妻となり夫となり、両親のいない子どもの親代わりになる善行が普遍的なこととなっています。このようなりっぱな新しい世代の青年をもっていることはわれわれの大きな誇りであり、まさにそのために朝鮮革命の未来は確固と保証されています。

 われわれは次代の教育で達成した成果におごることなく、これにひきつづき大きな力を入れるべきです。老革命家は子女に、かつて両親が祖国の自由と独立のために、人民の幸福のためにいかにたたかい、今日の社会主義制度がいかにしてうち立てられたのかを明確に認識させ、彼らの胸に熱い忠誠心と不撓不屈の革命精神を植えつけるべきです。こうしてみなさんの息子、娘の代はもちろん、孫、ひ孫の代になってもみなチュチェの革命偉業を固守し、りっぱに発展させていくようにすべきです。

 この席に参加した革命家の遺児たちは、両親がわたしに忠実であったように、自分たちも親愛なる指導者金正日同志にひたすら忠誠をつくすと決意を述べましたが、それはりっぱなことです。

 みなさんの両親は、朝鮮革命の勝利のために自己のすべてをささげてたたかった忠実な革命家でした。彼らのなかには自分の名誉やなんらかの官職を当てにして革命に参加した人は一人もいませんでした。もっぱら、祖国の解放と独立、人民の幸福のために革命に投じ、その道で貴い生命を惜しみなくささげました。わたしは、祖国と革命のために英雄的にたたかって倒れたみなさんの両親を永遠に忘れることができません。

 みなさんは両親の忠実性と革命精神を受け継ぎ、チュチェの革命偉業の勝利のためにすべてをつくしてたたかわなければなりません。

革命家の遺児にたいする党の信頼と期待は大なるものがあります。党はみなさんを朝鮮革命の中核としておしたて、みなさんが革命の重要な持ち場をしっかり守っていくことを望んでいます。みなさんは党の信頼と期待をいっときも忘れず、金正日同志の指導にしたがう親衛隊、突撃隊とならなければなりません。

 革命家の遺児がその本分をつくすには、チュチェ型の共産主義的革命家として準備しなければなりません。

 いつも言っていることですが、父親が革命家だからといって、その子どもがひとりでに革命家になるわけではありません。革命家の遺児が真の革命家になるためには、両親の革命精神を見習い代を継いで革命を遂行するという遠大な抱負とかたい決意をいだき、革命実践を通じて自らをたえず鍛えなければなりません。

 遠大な理想と抱負をもち、それをあくまで貫く人であってこそ、真の革命家になることができるのです。わたしの父はつとに「志遠」の思想を示し、それを深く胸に刻みつけるようにわたしたちを教育しました。わたしは父のその言葉を座右の銘としてたたかってきたし、いまも肝に銘じています。

 みなさんは両親が開拓し発展させてきたチュチェの革命偉業が、祖国の繁栄と人民の幸福をめざす神聖かつ偉大な事業であることを肝に銘じ、その実現をめざすたたかいの道で永遠に党と運命をともにする忠臣にならなければなりません。

 革命家の遺児が党と革命に限りなく忠実なチュチェ型の共産主義的革命家になるためには、わが党のチュチェ思想で武装しなければなりません。

 チュチェ思想は朝鮮革命の唯一の指導思想であり、チュチェ型の共産主義的革命家が身につけるべき革命的世界観です。チュチェ思想で武装すれば、革命の主人としての自覚と革命勝利の確信をもち、チュチェの革命偉業の勝利のために最後までたたかうことができます。革命家の遺児は、チュチェ思想の学習を強化して自己の確固たる信念とし、活動と生活にりっぱに具現すべきです。革命家の遺児は、チュチェ思想に反する異質の思想と退廃的な生活風潮に絶対に染まってはなりません。腐りきったブルジョア思想と生活様式に毒されると思想的・精神的に堕落し、そうなれば革命を続けることができません。革命家の遺児はブルジョア思想と退廃的な生活風潮を排撃し、ひたすらチュチェ思想の要求どおり思考し行動すべきです。

 組織生活に誠実に参加することがきわめて重要です。組織生活を通じてのみ、貴い社会的政治的生命を輝かし、誉れ高い生を営むことができます。革命家の遺児はつねに組織を重んじ、組織生活に誠実に参加して自らを思想的に鍛え、強い組織性と規律性をもった革命家として準備しなければなりません。

 革命家の遺児は地位欲があってはならず、特典と特恵を望んではなりません。地位欲をいだいたり、特典と特恵を望むのは、革命家の品性とは無縁です。わたしは抗日武装闘争の時期から「小釜を使うことに反対する」ということを生活の鉄則としてきました。この言葉の意味は、大衆のなかに入らず、大衆とはへだたりのある生活をすることに反対するということです。わたしは抗日武装闘争の時期、つねに隊員と同じ釜の飯を食し、同じ寝床で寝ました。祖国解放戦争(朝鮮戦争)の時期にも、人民が粟飯を食べるときにはわたしも粟飯を食べました。現在もかわらず以前のように生活しています。

 そうしなければ、心が安らぎません。革命家の遺児はどこでどんな仕事をしようとも、絶対に高い地位や優遇を望んではならず、ひたすら党から与えられた任務を責任をもって遂行しなければなりません。そして、つねに人民を愛し尊敬し、人民と苦楽をともにしなければなりません。

 革命家の遺児は物欲にとらわれてはなりません。物欲は人々の革命精神を麻痺させるアヘンにひとしいものです。品物やカネに目がくらむと思想的に変質し、ひいては革命に背く道を歩むことになります。みなさんはご飯にみそだけの粗食でも革命活動さえできればそれでよいという気高い革命精神をもち、活動と生活を清廉潔白にしなければなりません。

 きょうは昔の戦友と革命家の遺児に会って、楽しいひとときを過ごしました。

 わたしはみなさんが今後、金正日同志の指導に忠実にしたがい、社会主義偉業、チュチェの革命偉業の完成をめざして力強くたたかっていくものと確信します。